夢中の少女 8〜9話
[光球再び]
「くっ...そ」
止められなかった悔しさで、汚い言葉が口から勝手に出て来る。
気付けば僕の目から涙が溢れていた...
父親のために流す涙があったのか...
僕は暫くのあいだ宙に浮き、呆然としたまま実の父親への様々な想いを頭の中で巡らせていた...
と言っても、幼い頃の記憶はどれも朧げで、鮮明に覚えている思い出などほとんど無い。
だから今まで知らなかった父親の今日の行動を思い出し考えに考えた。
幼い頃に見た光景とはまた違う視点で見れたし、年齢を重ねた今なら父親の取った行動の意味が多少は分かるような気がする...
最後に僕が父親と目が合ったと思った時、彼には僕が見えていたのだろうか?
例え見えていたとしても、何かが変わる訳ではないけれど考えてしまう...
だが何を考え想おうとも、昔と変わらぬ出来事を単に目の当たりしただけだ。
悲しいけれど...
幼かった頃とは違い手を合わせ、目を瞑って父親の冥福を心から祈った...
...すると...
「ん!?」
何かは分からないが妙な違和感があり、ゆっくり目を開けると上からの光で身体が照らされている。
「あれは...」
僕を過去に送った原因と思われる眩い光球がまた現れた。
光球は徐々に降りてきて、僕の目の前で降下するのを止めてゆらゆらと揺れている。
前回は好奇心で直ぐに手を出してしまい過去に飛ばされてしまった。
今回はこの光球が何なのか探ってみるか...
「貴方は何者なんですか?」
「...........」
もしかしたら返答があるかも知れないと思い声をかけてみたけれど、暫く沈黙が続いただけだった。
人魂では無いのか...
いや、これが人魂だったとしても会話ができるかどうかなんて分からないだろう。
馬鹿みたいだが、今度は顔を近づけ思いっきり空気を吸い込み息を吹きかける。
「ふーーーーーーっ!」
「........」
ゆらゆらと浮いている位置は全く変わらず、また沈黙だけが続いた。
なんなんだろうな?これ。
仕方が無い...
僕は探るのを止めて前回と同じ行動をすることにした。のだが、よく考えてみれば今度は何が起こるか分からない。
前回同様、何処かに飛ばされるのか?それとも自分の眠る病室に戻れるのか?
飛ばされるだけならまだマシだったと思うようなことも無いとも限らない...
かと言ってこのまま幽体の姿でこの場所に留まってどうするというのか?
変な憶測ばかりの自問自答を繰り返した結果、結局は前回と同様のアクションを起こすことにした。
[暗い草原]
光球に両手を伸ばしてそっと包み込む。
やはり光球は「カッ!」と閃光を放ち、僕は眩しさで目を瞑り一瞬意識が遠のく。
しかし、ここでは前回同様とはならず瞑っていた目を開くと、僕は広大な草原に立っていた。
風が嵐のように強く吹き、空はどんよりとした雲で覆われ辺りは薄暗い。
強い風で靡く草の音が「ザワザワ」と聴こえ心が落ち着く環境のはずなのに何故か落ち着かない...
身体も幽体じゃないような気がする。
内心穏やかでない僕がその場に突っ立ったままでいると、目の前にこちらへゆっくり歩いて来る人影が視界に入った。
「...彼女なのか?...」
僕は思ったことを口に出してそう呟く。
普通であれば人が近づくと顔がハッキリ分かりそうなものだが、その人影の顔は暗い影を落としたまま輪郭がかろうじて認識できる程度だった。
夢の中でしか会ったことの無い少女であることだけは理解できる...
その少女の口元が歪んで笑みを浮かべ、良く聞いていないと聞こえないようなか細い声で言う。
「久しぶり、って訳でも無さそうね...」
「や、やあ...」
確かに彼女とは「久しぶり」というわけでは無い。過去へ飛ばされる直前に夢の中で会ったばかりだ。
あれ?、僕が今居るこの世界は...
夢の中なのか?それとも光球に飛ばされた現実世界?
「貴方、父親のことは許せたの?」
「えっ!?」
この少女は僕が過去に行ったことを知っているのだろうか?...
「許せたかどうかは分からないけど、少しは理解できたような気がする...」
「人間なのだから仕方が無いわよね。でも、良かったんじゃないかしら」
顔がハッキリしないため、表情からは言葉の意図が読み取れない。
本当に「仕方が無くて」「良かった」のだろうか...
それより、今なら少女の名を訊けるかも知れない。
「何度も会っているのに、お互い名前すら知らないよね?」
「そう...な...ども...あ...い...にね」
なんだ!?
少女の声が途切れ途切れに聞こえ、笑っているような顔が徐々に透けて行く。
不味い、間に合わないかも!?
「君の名を教えて欲しいんだ!」
焦りで大声を出してしまったが、少女の表情は変わらないように見える。
「わ...し...まえ..............」
最後まで聞こえず、口元に集中して読み取ろうとしたけれど、残念ながら今回も少女の名を訊き出すことは出来なかった。
彼女が完全に消えてしまったあと、今度は僕の身体がフワッと地面から浮き、またもや幽体に戻った感覚がした。
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