刀姫in 世直し道中ひざくりげ 仙女覚醒編 ノ15 嵐
一太郎と吟の二人がひとしきり釣りを楽しんでいると、空を見上げた一太郎の表情が俄に渋くなった。
晴天だった空が嘘のように変わり出し、暗い灰色の雨雲がどんどん広がっていくのが目に入ったのである。
漁師を十年以上続ける一太郎は天候を読むことに長けていたけれど、その彼をもってしても違和感を覚えるほど早い雲の動きは読めず、不可思議な現象に戸惑いを隠せない。
だが、この不可思議な現象に「考える猶予はなし」と判断を下した彼は、にこにこしながら釣竿を持つ吟に岸へ引き返すことを伝えた。
吟は残念で哀しそうな顔をして一度はごねたのだが、父の普段と違う厳しい表情を見るや、すぐに竿を置き糸を引き寄せ片付けのだった。
楽しかった時間は空の異変によって断絶され、一太郎は風の無い今のうちに急ぎ帰ろうと、岸へ向けて力強く小舟を漕ぎ出す。
漁師の本能とも云うべきであろうか、今は雨雲こそあれど穏やかな状況は続かないと察知していたのである。
風が無ければ波も緩やかなもので、二人を乗せた小舟はすいすいと進み一気に岸までの距離を稼ぐ。
しかし、不可思議な天候は順調な小舟の進捗を放ってはくれなかった。
冷たい小雨がポツポツと降り始め、吟の黒髪を激しく靡かせるほどの風が吹き荒ぶ。
じきに嵐になると悟った一太郎は小舟を漕ぐ腕に目一杯の力を込め、不安そうにしている娘の吟に、「心配ない、大丈夫だ」などと声をかけながら小舟を進めた。
ようやく待ち望んだ岸辺が親子の視界に入り、互いが目を合わせて喜びの笑みを浮かべた頃、親子の安堵感をあざ笑うかの如く雨風は激しさを増し、いよいよもって嵐となり、強風と荒波が岸へ急がんとする小舟の行手を阻む。
己はともかく娘の吟に何かあってはならないと、一太郎は必死の形相で腕がちぎれんばかりに小舟を漕いだ。
風の勢いに乗った雨が目に飛び込み、もはや人が立っているのも困難なほど揺れる小舟の上で、彼は驚くべき平衡感覚と運動能力で見事に耐えたものである。
体力の限界を超えようかという一太郎の血の滲む努力の甲斐あって、小舟は遂に岸辺まであと僅かのところまで辿り着いた。
荒れ狂う海に落ちまいと小舟の縁に懸命にしがみつく吟が、二人を心配した母のお雛が嵐のなか岸辺で待っている姿に気づき、父の一太郎に身振り手振りで母が待っていることを伝える。
砂浜の岸辺にて合羽と蓑傘を身にまとい、嵐を耐え凌ぎつつ待つお雛は、小舟に乗る一太郎と吟の姿に安堵し、「お帰りなさい」という意味を込め手を振った......その時!
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