一輪の廃墟好き 第8話 唯一無二の民宿
何ゆえ僕が彼女とのエピソードを引っ張り出しぶっ込んだのか?
別に彼女との甘酸っぱい思い出話しをしたかったわけではなく、単に車の車内空間とは凝縮された密室であり、場合によっては地獄の如き空間となってしまうということを伝えたかっただけに他ならない。
彼女との初デートでの失敗から得たものは殊更大きく、失敗から学んだことで成長した今に僕にとって、井伊影村に着くまでの長時間の道のりを過ごすこともお茶の子さいさいとなっていた。
自分の中で確定しているわけではないけれど、人は成功を収めた時より、失敗した時の方が多くのものを得られる理論は正しいような気がする。
あくまでも暫定的だが...
「...そうだな」
「まぁた上の空でミオミオの話しを聞いてたなぁ。んもう!一輪は考え事が多すぎるんだよ」
僕の頭の中が彼女との初デートの回想でいっぱいだった時間帯、豆苗神社の話題を皮切りに、隣でマシンガントークをおっ始めた未桜に対し適当に返した結果、ほぼ予想通りの苦言をいただいた。
確かに、普段から僕は単純作業をしている際に考え事をしていることが多い。
所謂「ながら作業」に近しいこの行為は、「生きていられる時間には限りがある」という持論でもなんでもないただの事実がそうさせているだけである。
「...仕方がない。未桜、長考ターイム!だ」
「あっ!またそれ~?本当にずるいなぁこのルール。まっいいや、昨日寝不足だったから丁度いいかも。井伊影村に着いたら起こしてよね~」
未桜は若干不貞腐れたようにそう言って、背中をもたれている座席シートを倒しこちら側を向いて瞳を閉じた。
まだ午前中だから昼寝ではないけれど、どうせ寝るなら逆を向いて寝て欲しいものである。
少しばかり寝顔が気になってしまうではないか!
などと思っているあいだに未桜は「スースー」と寝息を立て始めた。
どうやら本当に寝不足だったらしい。
僕は彼女の眠りを妨げまいと車内に流れるBGMの音量を下げ、物想いに耽りながら井伊影村へ向け車を走らせた...
高速を降り、建物が密集して立ち並ぶ街を抜けると、徐々に視界に入る建物の数が減っていき、今はもうすっかり田舎道と云っても良いレベルのところまで来ていた。
下調べしたのちの予定からすれば、あと三十分もしないうちに目的の井伊影村
へと辿り着くだろう。
重要なことを云い忘れていたけれど、本日の井伊影村での廃墟探索は日帰りでやって来たものではない。
存在することにも驚いたが井伊影村にある唯一無二の民宿、「むらやど」に一週間前に電話で予約を入れてあり、側から見れば一泊二日の旅行のようなものであった...
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