一輪の廃墟好き 第32話 物好き
事務所の仕事部屋より遥かに狭いが詠春拳の鍛錬を行える別部屋があり、そこには映画でもお馴染みの自家製木人を置いていて、僕はただひたすらに無心で木人に向かって拳を奮っていたのである。
だが未桜と決定的に違うところは実践経験が何一つ無く、果たして対人戦において日頃の鍛錬が報われるか否かは極めて未知数なのだった...
「一輪君、あとは君だけだ」
「分かってますよ、荒木咲一輪25歳、細々としがない探偵業やってます。どうぞ御贔屓に...」
社交辞令が過ぎたか...
自営業を営んでいる性だろうか、僕は仕事中はもちろんのこと、プライベートな休暇中でも常に名刺を持ち歩いている。
相手が刑事ならまた何処かで会うことがあるかも知れない。
僕はそう考えて服の裏ポケットから名刺を取り出し淀鴛さんへ手渡した。
「おっと名刺まで貰ってアレなんだが、俺は休暇中の場合持ち歩かないようにしてるんだ...ちょっと待ってくれ」
そう言って淀鴛さんは背に背負ったリュックを下ろし、わざわざ本物の警察手帳を取り出して僕と未桜に見せてくれた。
確か世間一般的に、警察の人って休暇中に警察手帳は持ち出さないと聴いたことがあるけれど...
「ククク、休暇中に警察手帳持ってるなんて変わった刑事だなと思ってるんだろ」
「ああ、ですねぇ。思っちゃいました」
なんとかテヘペロこそ直前に自粛したものの、淀鴛さんのニヒルな笑みを見てまた不快な気持ちになった僕は、歯に衣着せぬもの言いをしてしまった。
だが悪気や後悔は皆無である、
「じゃあ自己紹介も終わったことだしそろそろ本題に入ろうか」
やれやれ、まだ立ち去てくれないのかこの人は...
かくなる上はこちから話しを進めてさっさとご退場していただくとしよう。
「淀鴛さんが訊きたいって恐らくたぶんですけれど、こんな僻地の村のさらに僻地にある廃れた神社に何故わざわざやって来たのか?ですよね?だったら単純に趣味の廃墟探索に来ただけですよ。深読みされるような怪しい考えなんてこれっぽっちもないので安心してください」
僕としては淀鴛さんこそ何故?という疑問もあるにはあったが、廃墟探索を早く決行したいという気持ちから敢えて訊かなかった。
「...廃墟探索ねぇ、こんな遠いど田舎の森の奥地まで...本当に物好きとしか言いようがないなぁ」
廃墟探索をする人間に対して偏見ありありな人だな。だが僕はそこのところ「変わり者」であるという自覚があるため気にはならないのだけれど...
「誰にも迷惑かけないですし、廃墟を荒らすこともない探索なら別に良いのでは?」
淀鴛さんが右手を後頭部に当てて掻きながら驚きの言葉を口にする。
「そうだなぁ...此処が俺の実家でさえなかったら、産毛ほども気に留めなかったんだろうけどな」
===============================
過去の作品はこちらにまとめてあります!
https://shouseiorutana.com
===============================