一輪の廃墟好き 第122話 一択
お急ぎで朝食を済ませ2階の自室へ移動し、僕達は荷物の整理を始めた。
チェックアウトという言葉が相応しいのかどうかは別として、この「民宿むらやど」の部屋に居られるのは10時までと決まっているのである。
それほど多くない荷物を一通りまとめ終わり、一階へ降り玄関に着いたところで奥にいるであろう女将さんに届くよう声をかける。
「すみませーん!荒木咲ですけどぉ!そろそろ出発しようと思います!」
因みにだが、宿泊料金の方は前払いで済ませてあるので心配無用である。
午前中の予定としてはここに姿の見えない淀鴛さんと連絡を取り、燈明神社へ共に同行しようと思っていた。
勿論、姿が見えないからといって、約束を破ってどこぞへと向かうような身勝手な僕ではない。
「はーい!今行きますから少しお待ちを~!」
女将さんのよく通る声が廊下の奥から聞こえた。
僕達は女将さんが来る間にそれぞれが靴を履き、いつでも出発できる体勢を整える。
「ごめんなさいねぇ、待たせちゃってぇ。これを作ってたものだから」
小走りに駆けつけた女将さんが手に持った何かを渡そうと手を伸ばす。
ほぼ条件反射で僕の方からも手を差し出した。
「はい、これ。朝食を食べたばかりだから直ぐには入らないかもだけど、お腹が減ったときにでも食べてくださいねぇ」
頂いたのは透明なパックに入った出来立てほやほやの串団子だった。
「えっ!?良いんですか?こんなのまでもらっちゃて」
「良いんですよぉ。その代わりと言ってはなんだけれど、もし万が一また井伊影村を訪れるようなことがあれば、是非うちの民宿をごひいきによろしくお願いしますねぇ」
言われるまでもない。
女将さんも承知して「万が一」という言葉を口にした筈である。
僕達が辺境にある井伊影村を再び訪れることは恐らくその確率に等しいだろう。
だが、その「万が一」が実現した暁には、「民宿むらやど」一択しかないと心に誓ったものである。
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