一輪の廃墟好き 第143話 弾力
被害者夫婦の二人がどんな人生を送って来たのかなんてこれっぽっちも知らないし、加えてどんな人間性だったのかすら知らない。
しかし、不本意ながら正に一期一会となってしまったこの夫婦に、僕は情の湧くような感覚を自然に覚えていた。
それはきっと、僕たちの窮地に奇特にも手を差し伸べてくれたからなのだろうけれど..
そっと手を伸ばして新川爺さんの触れると、当然だが生きている人間から伝わる体温は感じられず、既に死後硬直が始まっているのか弾力性も皆無であった。
死後硬直とは、人が亡くなってから数時間で始まり、徐々に筋肉が固まっていく現象のことである。
死体の保管場所や気候条件にもよるが、約20時間~30時間ほどで最も筋肉が固まり、その後は徐々に緩んでいくらしい。
続けて胴体を覆う白い布の半分ほどをゆっくり剥がすと、血の気を失った裸体には、刃物での切り傷や刺し傷を仮縫いした痕が数箇所確認できた。
人体を一度ならず複数回刺して殺すという犯人の心理としては、被害者に対して怨恨の感情を持っている可能性が高い。
単受に犯行動機が当人同士の何かしらのやり取りから発生した「怨恨」なのであれば、犯人が井伊影村の村民である可能性が極めて高いだろう。
僕は試してみたいことを思いつき、背後で様子を眺めている淀鴛さんの方を振り返って訊く。
「淀鴛さん、被害者の脱がされた衣服は此処に残ってますか?」
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